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大阪はひとつじゃない!①〜3つの地域から見る大阪人の性格の違い

osaka

 

皆さんは大阪人といえばどんなイメージがありますか?

・面白い

・がめつい

・自分の意見をストレートに言う

・阪神ファン

・治安が悪い...

色々なイメージが渦巻いているのは事実です(笑)もっとも戦後、大阪人のプロトタイプとしてメディアがこのように日本国民に植え付けてきたというのもあります。

よく言われる大阪3大名物として、「粉モン(たこ焼き・お好み焼き)」「お笑い(よしもと)」「阪神ファン」がありますが、これがも大阪を良く知っている人間からしてみれば、実は伝統的な大阪文化とは言いがたい。

そもそも大阪文化とは何を指すのでしょうか?一般的に「秘密の県民show!」などで映るのは道頓堀や新世界。これら以外の場所に住んでいる大阪人とはどんな人たちなのか?

今回は、大阪が実は3つの地域から構成されているという事実に基づいて解説していきたいと思います。

大阪は、摂津国・河内国・和泉国の3つの国が合併して出来た行政体である

大阪は、明治時代に版籍奉還や廃藩置県などで、それまで太古の昔より存在していた「国制度」が改められ、すべての地域が道府県(のちに都道府県)に編入されることになりました。

大阪府は日本で2番目に面積の小さい行政体ですが、何と江戸時代の終わりまでは3つの国から構成されていました。

それが、「摂津国(せっつのくに)「河内国(かわちのくに)」「和泉(いずみのくに)」です。

なかでも摂津国は非常に広範囲で、大阪市内はもとより北大阪エリア(豊中、吹田、高槻、能勢など)にくわえ、西側は尼崎、西宮、神戸という具合に現在の兵庫県にまでまたがっていました。最も西の最果ては、何と有馬温泉!でした。

河内国は大阪府の東側で、北は枚方市、南は河内長野市までです。八尾市や東大阪市が中心になります。

和泉国は、堺市から南西側です。今の関西国際空港のある泉佐野市や、だんじりで有名な岸和田などがありますね。

この3つの国は、明治時代に至るまで、あまり交流をしてきませんでした。それもそのはず、和泉国は位置的には和歌山と親密で、河内国はその東側に位置する奈良県、即ち大和国に近い。一方の摂津国は、大阪城のある現在の大阪市を中心に、海も山も全て揃った非常に大きな国だった。

言葉も、摂津言葉、河内言葉、泉州(和泉)方言という具合にかなり色が違いました。現在のよしもとの芸人が話している大阪弁というのは、ある意味これら3つの方言がごちゃまぜされた形のものであり、ホンモノの大阪弁というべきかも実ははなはだ疑わしい...。

ちなみに、摂津言葉を話す人(大阪市内と北大阪の人々)からしてみると、河内や泉州の言葉は汚く、下品とみなすそうです。これ自体もある種の偏見です。

そもそも、3つの国は互いに大きく交流することなく1000年、1500年と時を過ごしてきました。国も違えば、当然ながら江戸時代には藩主も違います。産業も特産品も、全くもって違いました。

一般的な大阪人=摂津国船場エリアの人々が模範

一般的に大阪人は商売人気質で、自由奔放で、面白いネアカ体質と考えられていますが、

これらは摂津国の中心部である大阪城と、そのそばにあった一大商業都市である「船場」エリアの影響が大きいです。船場界隈には、全国から米俵や特産品の集まる蔵屋敷が置かれていましたし、何よりも日本中からこぞって「いっぱつ当てよう!」と考えて商売をはじめようと、商人がやってきた都市でもありました。今でいうアメリカンドリームならぬ「大阪ドリーム」ですね(笑)

よく、江戸時代の商人といえば「豪商」が思い浮かべられますが、江戸時代の大阪・船場の商人は、「長屋住まいの零細企業」ばかりでした。今でいう個人商店レベルの、ベンチャー企業ですね。そういったベンチャー魂を持った商人たちが、互いに励まし合いながら商業の発展に貢献してきた街が「船場」でした。

ちなみに大阪城下の都市部の人口は、江戸時代において40万人程度と言われていましたが、なんと武士の比率は全体の2%程度!人口にして8000人ほどでした。東京は江戸の街が武士の街と言われるのに対して、こちら大阪中心部は圧倒的に商人の数が大多数を占めていたのです。

河内国・和泉国の大阪人は?

一方で河内国・和泉国は、農業・漁業などを中心としたエリアとなっており、いわゆる江戸時代の一般的な田舎の都市と同じ環境下にありました。もちろん藩には城下町があり、商人もいましたが、田舎の藩の商人=藩主御用達の豪商、というのが一般的です。河内・和泉とも、実に平凡な、ごくありふれた「日本」だったのです。

筆者は摂津国生まれの摂津国育ちですが、今でも河内国、和泉国の方へ向かうと、そこに住む人たちが明らかに自分たちと違う雰囲気を醸し出しているのがわかります。

河内、和泉の人は、言葉遣いは荒いですが、非常に優しく、のんびりしています。一方で摂津国は商人魂があり、いささかビジネスライクな感じがします。良くも悪くも、摂津国の人は世間慣れしているといえますね(笑)

まとめ

大阪は3つのエリアから成り立っていることがわかりました。考えてみれば東京人=都会人、というモノの見方にも問題があります。まだまだ都市の分析には課題があります。これから大阪人と会った場合は、ぜひ出身地を聞いてみてください。それによって、その人の人となりがある程度わかってくると思いますよ。

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