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クリエイターの地方移住を勧められない理由~ド田舎に住んでみて分かったこと

sakka

夢多き田舎暮らし?

世間では地方創生が叫ばれて久しくなりました。地方創生とは、一昔前では地域活性化、地域振興という言葉でくくられた一種の標語(ひょうご)でしたが、今では政府主導で地域からあらゆる産業を起こさせるべく、大量の補助金が投入されています。

地方都市はどこへ行こうと金太郎飴の景色です。駅前中心部はシャッター街、国道沿いには激安衣料チェーンにファーストフード、焼肉食べ放題の店...。一歩農村部に入ると、今度は若者の姿がほとんどなく、いたとしても中国・ベトナムから来た技能実習生くらい。地方には活気がありません。2020年の東京オリンピックを前に、東京への一極集中は加速する一方です。

関東経産局によると、東京を含めた関東周辺地域だけで日本の全GDPの60%を占めるとのことです。東京圏に加わることのできなかった県は、ますますジリ貧化していく一方です。

筆者も物書きとして、一度田舎に住んでみたことがあります。田舎といっても日本一の田舎であり、日本一人口の少ない県、鳥取県です。また同じくして短期ではありますがその左隣に位置する島根県にも住まいを持ちました。都会から田舎へ移り住もうと思った最大の動機は、「都会の汚さから解放されたい欲求」ただひとつだけでした。

長い前置きになりましたが、今回は、筆者が自ら見て感じて体験した、クリエイターにとっての田舎暮らしについて語っていきたいと思います。

田舎暮らしは基本的に退屈である、すなわち「刺激」がない

 

一般的に何かを議論するとき、建設的な意見すなわち肯定的・賛成意見を言うことのほうが、反対意見を言うことよりもはるかに難しい。反対意見というのは、ただ相手の言説を否定するだけで議論が可能になります。

田舎暮らしも、「つまらない、退屈だよ~」といえばそれまで。何もしなければ、田舎暮らしが退屈でしょーもないことくらい、誰でもわかっています。折り紙付きです。

クリエイターで田舎暮らしを始めようとする人は、やはりある程度目的意識を持って田舎を選んでいると思います。確かに都会的な忙しさ以上にもっと追及すべきものがあるのではないか?という純粋な思いが最大の動機である場合がほとんどでしょうが、何よりも田舎に拠点を置いて、世の中にどのような「新たなる作品」「わくわくするようなモノ」を送り出すかについても青写真をそれなりに描いてから来ているはずです。

よく言われるように、田舎では固定費が非常にかかりません。鹿などの獣でも猟友会の人から無料でもらえるし、野菜は新鮮、水は無料。そもそも近所の人たちとの物々交換経済が今でも生きていますから、下手すれば人頭税など必要経費の支払いを除けば貨幣経済にかかわらずとも生きていけます。

確かに朝起きるたびに、鳥のさえずりを聞きながら素晴らしい空気を吸い込める田舎暮らしというのは、最高の贅沢でしょう。

しかしそれでは、後にも先にもクリエイターとしての使命を果たせないように感じました。私は、身をもってそれを体感したのです。

そもそもなぜクリエイターはクリエイターになるのか?

クリエイター(creater)の定義というのは、日本語に訳せば「創造者」という具合でしょうか。彫刻家であれ画家であれ詩人であれ、最近ではアルゴリズムを構築するプログラマーであれ、今までにこの世になかったものを作り出すのがクリエイターの仕事です。

「今までになかったものを作り出す」。その対義語は、「今までと同じものを作り続ける」即ちワーカー(worker)といえます。ワーカー達は、お世辞になりませんが給料が低い。働いた分だけしか稼げません。一方、クリエイターはレバレッジが効きます。特にアプリ開発者、音楽家、作家といったジャンルの人々は、たとえその労働時間が5分程度であれ、世界70億人全員をターゲットにすることができます。マッサージ屋さんは1対1、飲食店のコックは1対10~20、クリエイターたちは1対70億。したがってクリエイターの作品が70億人全員の心に響けば、もう人生楽勝モードです(世の中そう簡単にはいかないものですが)。

このことからわかるように、クリエイターがクリエイターになろうとする最大の動機は、「他のふつうの仕事よりも楽してお金が儲かるから」ではないでしょうか。

こんなことを言ってしまえば総スカンを食らってしまいそうですが、しょせんは資本主義経済に生きる人間達です。今では不可能ですが、20~30年前であれば音楽が1曲ベストセラーになれば一生食っていくことができました。その1曲の印税だけで、今もそれなりの暮らしをし続けている人の多いこと多いこと(笑)彼らはほくそ笑んでいるはずです。不夜城で残業して、苦しい采配も行い続ける年収1000万円の大手企業管理職と、5分で作った曲1つで、一生鼻くそをほじくっても年間1000万円の印税が入り続ける音楽家。

これでは本当に素晴らしい作品は作れません。恒常的に、何十年も第一線で活躍し続ける作家や芸術家などのクリエイターは、やはり世の中に良い作品を残して死んでいきたいという情熱を持っています。が、同時にお金への欲求、金銭的インセンティブも頭の中で駆け巡っているはずです。

このように、クリエイターは元来、無意識的にではあるけれどもコストパフォーマンスの高い人生を求めて生きていることがわかると思います。

作品とは人と人との触れ合いぶつかり合いから生まれる、極めて人工的なもの

ヨーロッパの有名な詩人、作家、そして音楽家たちを見てみますと、そのほとんどが大都市部で作品を作り上げています。代表的な街がパリですね。都市の雰囲気は、芸術のこころを掻き立てます。現代でいえばアプリ企業にしても、やはり若者文化の中心であり都市の中の都市といえる「東京・渋谷」あたりに集中しています。

結局、クリエイティブなものというのは、人間から生み出されるものなのです。評価するのも殺すのも人間です。大自然の中から生み出されるものではありません。クリエイター達は、おのずと人間がたくさんいる場所に身を置きたくなるのでしょう。タヒチの女を描いた、かの有名なフランス人画家のゴーギャンも、パリというゴミゴミした超人造的な都市を基軸にして、南太平洋に浮かぶ島であるタヒチに赴いて絵を書いています。

ちょうど都市部で働くエリートサラリーマンが、こころを安らかにするために軽井沢などに出かけてリラックスするのと同じです。

どんなに世の中がネットで結ばれて便利になったとしても、食べるものも寝るところも何の不自由もないところに住んでいては、PCをいじる気さえ起きないのです。ネットインフラというハード面は整えても、クリエイティビティというソフト面の思いは沸き上がらないものだといえます。

都市は知識集約型、田舎は労働集約型

アプリ開発にしても、企画・開発会社はやはり東京や大阪の中心部にあります。一方で、単純なITシステム作業(いわゆるIT土方)は田舎にどんどん発注しますし、人口の少ない・産業のないエリアほどコールセンターが集中しています。

言わずもがな、企画・開発はクリエイターの仕事であり、知識集約型です。一方で、単純作業の多いITシステムの構築作業は「単純作業としての仕事」をこなす労働集約型です。

これが現実なのです。アプリのみならず、食品工場や飲料メーカーの工場も田舎に多い。一方で商品開発は都会のビルの中で行われる。そうなれば、クリエイターが住む場所ではないことはおのずとわかります。

最近では簡単なフリー記事を書く仕事を地方の人々に回す流行があり、これが雇用を生み出しているとはいいますが、結局はフリー記事をまとめあげて収益化を図ろうとしているのは都市部の企業です。ここにも知識集約VS労働集約の型が如実に表れています。

田舎は、幸せに生きるためには素晴らしいところ

私は、都市よりも田舎のほうが好きです。人間は温かいし食べ物はおいしいし、何よりも苦しみが何もありません。

都市は無縁社会であり、常にそこには張り詰めた緊張感が漂います。

ただしその緊張感や、一種の孤独感、そして他人を信用できない都市特有の猜疑心というものが、クリエイターをして素晴らしい作品を生み出させているのではないでしょうか。

現状の満足からは、新しいものは生み出されません。不満があるからこそ、世の中を変える原動力になり、それがひいては創造的作品の誕生につながるとはいえないでしょうか。

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結局、田舎に住んでみた体験談を書くはずが、精神論チックになってしまいましたが、言いたいことは結局ただひとつです。「クリエイターは田舎に住むべきではない、住めば作品の質が枯れる」です。クリエイターとして常に新たなものを生み出し続けようとするならば、否が応でも体が都会への移住を欲するようになるはずです。

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