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田舎の盆踊りの輪に入っていって分かったこと

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盆踊りといえば夏を彩る一大風物詩です。

今では暑気払いのニュアンスが強くなりましたが、もともとは盂蘭盆会(うらぼんえ)の精神であり、死者の霊に対する弔いの気持ちからお盆の時期に踊られていました。

日本全国津々浦々いろいろな盆踊りがあり、8月の時期は日々お祭りが開催されています。

そんな盆踊りですが、なかなか若い人はその盆踊りの輪に入っていくことが億劫(おっくう)になってしまうことが多いのではないでしょうか。

たしかに盆踊りのルールとは極めて画一的であり、全体主義的であるようにも感じられます。一人だけ群れにはぐれて意味不明な踊りをするわけにはいきませんし、場合によっては追い出されることもあるからです。

本日は田舎の盆踊りに突入して分かったことについて解説していきたいと思います。

田舎の盆踊りは、独特の踊り方をする

都市部の盆踊り大会では、誰が突然は入っていっても問題はありません。しかし田舎には田舎なりのルールが用意されています。

盆踊りでおそらく日本中で最も有名な演目といえば「炭坑節」でしょう。「♪月が出た出た〜月が出た〜サヨイヨイ」という歌詞のアレです。これを知らない人はおそらくいないでしょう。

ところが田舎へいけば行くほど、その踊り方はより一層特徴的になります。

第一に、腕の振り具合、回し具合が明らかに一般的なそれとは異なるのです。

さらに足のリズムも普通と違います。

それゆえに、盆踊りの名手で、8月は毎晩あらゆる盆踊り会場へ足を運んでいるプロたちでも、田舎への盆踊り進出には臆病になりがちなんです。

「俺は盆踊りの名手だぜ。でもよ、恥だけはかきたくないからな」

そういうある種の意地・プライドが、盆踊りでミスをしたくない!という心に駆り立てているのかもしれませんね。

何はともあれ、田舎の盆踊りは少々排他的です。ですので呉れ呉れもそのへんは心構えをした上でご参加ください。

 

都市の中にも田舎的盆踊りをする地域もある

一方で東京や大阪の下町エリアなどにおいては、田舎と同じような風習が残っているところも多い。炭坑節のみならず、河内音頭や泉州音頭、江州音頭などでも明らかに踊り方に特徴的な何かが見出されるのです。

これは「都会の中の田舎的要素」が下町には根強く残っているからです。何らかの事情で、100年、200年もある都市部の集落の人々は、都市にも関わらず移動せずにその地にとどまり続けたなど、理由はさまざまにあります。

例えば大阪のある地域では鹿児島おわら節ばかり踊られる場所があります。この遠因としてましては、鹿児島県出身者が100年ほど前に大量に移住し、彼らのコミュニティが集落化することで、ひとつの「都会の中の田舎」が完成されたというものです。

大阪では大正区などに沖縄出身者のコミュニティがあることで有名ですが、この鹿児島県など九州の人々の集落というのも一定数存在しているのが現状です。そして、そういったエリアでの盆踊りは、100年、200年のスパンで独自に進化した「その地域でしか見られない盆踊り」なのです。

まとめ

田舎の盆踊りは確かに排他的な雰囲気がにじみ出ています。よそ者がそこに突入するのには少々の勇気が必要になりますが、それでも異文化交流といいましょうか、人間社会に隠れた本質を見出すためには非常に良いエクスカーション、社会学習になります。

何よりも盆踊りほど地域性の出るイベントはありません。炭坑節、東京音頭、相馬盆唄、房州白浜音頭、花笠音頭...数え上げればきりがありませんが、世の中には本当にたくさんの盆踊りがあります。

しかし例えば自分の住んでいる街では踊られているのに、となり町では聞いたことのない音頭を踊っていたりすることもある。またその地域独特の音頭というのも、盆踊り大会が開かれれば1曲、2曲は踊られます。これらがまた非常に面白い動きをします。伊丹周辺で踊られる麦わら音頭などは、麦を収穫する農民の踊りですが、非常に深い地域性が凝縮されているのです。

有名な盆踊りの演目だけでなく、地域のにおい、雰囲気、忘れられた庶民文化...。そういったものを味わう意味でも、田舎の盆踊りへの突入は非常に有意義であるといえるでしょう。

 

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