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中小・ベンチャーではあり得ない!大企業特有の「あるある!」3つ

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大企業に就職を決めた人、あるいは既に働き始めている人、何年も又は何十年も働き詰めている人...。

多くの「大企業内戦士」たちは、自社環境の中だけで生きている場合が多く、同業他社のことなど殆ど関心がない。

さらにいえば「異業種」「異業態」「中小・ベンチャー」のことなど、一生知らずとも生きていけます。

ある意味これは機会の大損失につながります。

「知っているものと知らざるものの間にある情報格差が、経済格差をも生み出す」。

この「情報の非対称性」理論に基づけば、やはり他社ではどういう風に物事を考えるのか?といったことにも思いを傾けるべきといえます。

そこで今回は、大企業にしかない、大企業特有の「あるある」について解説していきたいと思います。

 

あるある1:大企業の社員は、社内調整に明け暮れている

規模が大きくなれば、当然ながら部署も複数できる。部署も一部署あたりの人数が増えれば別の階にも広がっていく...。

当然ながら、部署と部署の間の壁は厚くなる一方です。

大企業でも、部署間の壁を取り払おうと努力する企業はかなり多くあります。会社全体が仲良く意思疎通する方法論は世の中にたくさんある。ハーバードビジネススクールでも、やはり部署間でのコミュニケーションは大きな学問テーマのひとつです。

大企業ではまさに、部署間のコミュニケーションが図れるか否かが、社内の意思決定などを早くすすめる大きな鍵となるからです。

しかし、部署間に築かれる「壁」は、どんなに頑張っても引き剥がせないものです。

面白い事例を出しますと、実は部署間の壁は「ベンチャー」レベルでも起きているのです。

 

あるベンチャーは、今まで社長1人と社員4人の計5人でした。社員4人は2人ずつ向い合って、社長が社員の机に向かって垂直に座る。小さな会社であれば普通の光景ですね。この段階で、机のシマは1つだけです。

しかしその後、社長だけ別の上座に移ることになりました。そして業績の向上に伴って、社員が新規で8名入社。この段階で社員は12名。

社長は仕事の分担化をすすめるべく、「営業係」「開発係」「総務係」でそれぞれ4名1シマを作らせることにしました。

この時できた3シマは、上座のある社長と同じ部屋。整理すると、ひとつの部屋には社長机+3シマがあるという形です。

すると数日後には、それぞれのシマが、他のシマとのコミュニケーションを中断し始めたのです。

いつのまにか、3シマはそれぞれ別々に飲み会を行い、シマ=派閥化してしまったのです。

社長は非常に悔みましたが後の祭り。仕方なくそのままズルズルと3シマ体制を続け、社風はカチコチに凝り固まっていくのでした...。

 

以上の例は、実は極端な話ではありません。

人間は結局のところ、仕事が分担化されてシマができれば、「派閥化」して、シマ同士で生存競争を行ってしまうのです。人間というか、動物の本能といえるかもしれません。これだけ世の中には文化人類学の書籍があるのに、こういった身近な「サラリーマンの生存競争」に関する考察はほとんどされていない。至極残念な話です。

話は大きくなってしまいましたが、ベンチャーでも起こりうる「部署間・業務別組織間の壁」ではありますが、大企業ではこの「部署間の壁」が当たり前になっている。

部署の数だけ壁があり、また部署の中にもその下位の「課」「係」「チーム」ごとに派閥がある。

こうなれば、例えば「営業3課」の人間が、「開発2課」や「総務広報課」などと共に新規事業を行おうとしても、すぐには進まないのです。

そこには「社内調整」という名の”社内営業”スキルが必要になるからです。

要するに会社内で、合意形成をしなければならない。ベンチャーであれば、社長が決めたビジネスモデルに対して、社員全員参加型で追い求めていくことが可能ですが、大企業であれば社長そのものに「他部署間の従業員を統治する」能力がない。否、能力以前に実権がないといっても過言ではありません。

あまりに業務領域が多く、莫大な従業員数と細分化された職域。大企業になればなるほど、社長は細かい統治を行うことができなくなるのです。

ゆえに社内営業という、営業のくせに一円もお金を生み出さない仕事が頻繁に行われてしまうのです。

 

あるある2:仕事の押しつけ合いが激しい

言い換えれば「責任のなすりつけ合い」とも表現できる、この悪態。

特に保守的で老舗の大企業であればあるほどその傾向が強いといえます。例を上げれば電力会社や銀行などでしょうか。

大きな組織になればなるほど「責任の所在の明確化」は従業員にとってリスクを伴います。ミスをした場合、その人ひとりに集中砲火が浴びせられることで、簡単に左遷の刑に処せられるからです。

ドラマ半沢直樹でも、しょぼい中小企業へ出向させることが「最大の左遷という刑罰」という感じで描かれていました。実際には左遷されても雇用は守られているので、海外の大企業からしてみればあり得ない話ではありますが(海外なら存在自体クビにされ、その企業から追い出される)、やはり終身雇用制をうたっている日本の労働システム上仕方がないのかもしれません。

極力、ミスはしたくない。そうなれば「誰が責任者か」をごまかすことを労働者は考え始めます。

特に5000人、10000人もの従業員がいる企業ならば、当の犯人は雲隠れすることが可能。社長や役員たちも、そのアラ探しをすることさえ億劫(おっくう)になってしまうほどの膨大な従業員数です。

また、ミスをしないためには、そもそも仕事自体をしなければよいこと。特に新しいビジネス案件には、せこいリーマンほど手をつけようとしません。最終的に自分に責任が返ってくるのが怖いからです。

そんなこんなで、結局は従業員からは「リスクジョッキーな新規ビジネス提案」は出されません。出せば叩き潰されるのが関の山。既存の仕事さえも他人に押し付けることで、何とか「生き残り」を図ろうとするわけです。

大変醜い生き方ではありますが、妻と子どもを守るためには仕方がないのかもしれません。

ちなみに、責任逃れや仕事の押し付けは、圧倒的に男性に多いです。女性社員の場合、その辺りは筋を通します。また最初から「くだらない生存競争」の中で火中の栗を拾う気がないことから、積極的にお茶くみやコピー取りの道を歩む。女性が単純労働をするのを差別だという人も多いですが、実際にはこのように「したたかな女性」によって、敢えてその位置を押さえられているという側面があることも、頭の片隅に置いておいてください。

あるある3:本部にとって、支店はただの兵隊、奴隷である事実

かなり過激な発言ではありますが(笑)、これはもはや否定のしようのない現実です。

広義の金融業でお勤めの方なら特に身にしみる話だと思います。

この場合の金融業とは、銀行に加えて「証券会社」や「保険会社」を指します。

銀行、証券、保険系の大企業では、「本部と営業店(支店)」という独特の関係式が生み出されます。
この際、本部の営業推進部(あるいは営業統括部)や、融資部(あるいは審査部)あたりが絶大なる権限を持つケースが多い。

彼らは徹底的に、営業店(支店)に対してノルマを課します。できなければ徹底的にこらしめる。それが本部の仕事なのです。

「本部の人たちはいつも上から目線で、支店の人間を家畜扱いしている」

「本部の連中には血も涙もない」

「そもそも、お前たち(本部)は5時定時上がりのくせに、営業店はいつも午前様だ」

このような声が、支店からは常に上がってくるものです。それでも支店の方々は、どんなに転んでもそういった愚痴を直接的に本部に言いつけるわけにはいかない。

支店というのは、本部からお金を出してもらって成り立っているお店です。その出資額は「全額」です。支店の社員は、支店独自の採用システムで雇うことはできず、結局は本部の人事部経由。

とにかく「お金の全て」を本部に握られている以上、下手に暴れまわるわけにはいかないのです。支店長たちも出世街道のまっただ中。彼らもいずれは本部の部長になりたいため、ゴマすりは日常茶飯事なのです。

このようにして、本部は徹底的に支店に命令を下し続けます。支店は「業務委託先」や「フランチャイズ先」ではなく、「本部直系の出先機関」なのです。それゆえに独立性など一切ない。何よりも「お金」を100%握られていることが、支店の地位をかくも貶めているようにも感じられてなりません。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

確かに企業内の「派閥化」と「自然淘汰の原理」というのは、ベンチャー企業でも起こります。それらは社長の知らないところで、自然発生的に起こるのです。まさに、人間という動物的本能に基づいた行為といえるでしょう。

大企業に至っては、もはや社長すら制御不可能なほど「部署間の壁」「部署内の派閥化」は行われる。また「社内いじめ」のような良くない類の事象についても、ある意味では組織体制が維持されるための潤滑油になっているケースも多い。何とも皮肉な話です。

今回取り上げたような「大企業あるある」は、どこの企業も見られる事例です。特に老舗企業、保守的な社風の企業になればなるほど、その傾向は強まる一方。

これから大企業に就職される方、あるいはすでに就職された方は、いずれにせよこの現下の「息苦しさ」は、貴方ひとりの力では改善することはできないことをご理解下さい。

16万人もの従業員を有する東京都の都知事が、ほとんど都の職員を見渡せていないのと同様、大企業という巨大組織においては「息苦しさ」がなくなることはないのです。

結局のところ、内部抗争云々は「仕方ない存在」として諦めてしまい、自分自身の余暇の楽しみや、家族の生活を守ることなどに、生きがいや幸せを見出すのが最善の道かもしれませんね。

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